エイリアンの星間ゲートからチェルノブイリ立入禁止区域へ

ウクライナの開発会社GSC Game Worldが2001年早々に『Oblivion Lost』を発表した当時、そのプロジェクトはポスト・ソビエトの終末世界とは似ても似つかないものだった。それはホバリングガンシップやアステカの神殿が登場する、惑星間のSFアクションとして構想されていたのだ。

すべてが一変したのは2002年3月、セルギイ・グリゴロヴィッチが開発者たちを率いて隔離されたチェルノブイリ立入禁止区域への遠征を行ったときだった。プリピャチの錆びた観覧車やコンクリートで覆われた第4号炉の石棺を目の当たりにし、エイリアンSFはタルコフスキーの映画『ストーカー』や『ピクニック畔の路傍』の再現へとその方向性を大きく舵を切ったのである。

「プリピャチへの遠征は、私たちのクリエイティブなコンパスを逆転させた。どんな架空の異世界も、あの放置された原子力都市が放つ身の毛もよだつ恐怖には敵わなかった」(GSC Game World創設者 セルギイ・グリゴロヴィッチ)

自律型A-Life:なぜAIストーカーたちはプレイヤーより先にクリアしてしまったのか

最大の野望は、リードプログラマーのドミトリー・ヤセネフが設計したA-Lifeエンジンだった。スクリプト化されたトリガーを廃し、シミュレーションはワールド全体にいる数百人の自律的なストーカーやミュータントを同時に追跡していた。

ストーカーたちは動的に交易を行い、プセウドドッグの群れと戦い、キャンプファイヤーのそばで休息をとった。しかし、予想外のジレンマが生じた。プレイヤーの遅延に縛られないAIストーカーたちが、プレイヤーがゲーム中盤に到達するよりも前にクエストアイテムを回収し、チェルノブイリの石棺へと突入してしまったのだ。

修復されたBuild 1935のアーカイブで、荒涼とした道路を進む黄色のVAZ-2121 Niva。
修復されたBuild 1935のアーカイブで、荒涼とした道路を進む黄色のVAZ-2121 Niva。

Build 1935:果たされなかった野望の博物館と、MOD制作の聖杯

2004年10月18日にコンパイルされたBuild 1935は、神話的な「古き良きストーカー」の絶頂期を体現している。コルドンがデッドシティへとシームレスに流れ込み、プレイヤーは運転可能なソ連製のNivaジープでひび割れたアスファルトを駆け抜けた。

このビルドには、背中が曲がったイズロム、テレパシーを使うブレラー、泣き叫ぶドワーフといった象徴的なカットモンスターが登場していた。しかし、当時のハードウェアではエンジンが耐えきれず、容赦なくクラッシュし続けた。

ディーン・シャープの到来:発売に向けた外科手術的切除

終わらない遅延にしびれを切らしたパブリッシャーのTHQは、2005年にトラブルシューターのプロデューサーであるディーン・シャープをキーウへと派遣し、「2007年初頭までに動く製品を納品しなければ、完全中止とする」という厳しい最後通告を下した。シャープは容赦ないトリアージを断行した。

運転可能な乗り物は削除され、シームレスなレベルはゲートで区切られた個別のゾーンへと分割され、A-Lifeはプレイヤーのすぐ周囲に制限された。GSCの古参メンバーにとっては断腸の思いであったが、この外科的介入こそがゲームを救い、歴史的な『S.T.A.L.K.E.R.: Shadow of Chernobyl』の2007年3月のデビューへと結実したのである。

「初期のA-Lifeビルドでは、ストーカーたちが勝手気まますぎて、プレイヤーが到着する前にクエストを終わらせてしまったんだ。ゲームを救うために、彼らの自律性を制限しなければならなかった」(GSCリードAIアーキテクト ドミトリー・ヤセネフ)